仁成(つじ ひとなり/つじ じんせい、1959年10月4日 - )は、日本の作家、ミュージシャン、映画監督、演出家。所属事務所はタイタン。「仁成」は、本名は「ひとなり」、作家活動では「ひとなり」(のしんにょうの点は二つ)、歌手・映画監督の場合は「じんせい」(
45キロバイト (4,430 語) - 2019年10月30日 (水) 18:25



(出典 wpb.shueisha.co.jp)


もっとテレビで見たかったわ

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https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201911190000482.html
2019年11月19日

作家でミュージシャンの辻仁成(60)が、1992年に亡くなった歌手尾崎豊さん(享年26)との思い出を振り返り、尾崎さんが語った言葉を明かした。

辻は19日、ブログを更新。20代の頃、滞在していた米ニューヨーク・マンハッタンのホテルに、同時期に現地に滞在していた尾崎さんが訪ねてきた際のエピソードをつづった。

それまでも「リハーサルスタジオやフェスなんかでよく一緒になり、べたべたつるんだことはなかったけれど、たまに下北なんかで飲んだりしていた」という尾崎さんとホテルの屋上に寝転んで、買ってきたビールを夜中まで飲み、語り合ったという。「とにかく語り合うことが終わらなかった。彼が仕事に対する不満を抱えていたのは確かで、(ここには書けない)、もし*ると、ぼくがちょっと年上だったから、そこが東京じゃなくニューヨークだったからこそ、彼は心のもやもやを吐き出したかったのかもしれない」と振り返った。

続けて「その時、尾崎は『もし*ると、もう音楽をやめてもいいかなって思っている』というようなことを言った。『寂しいこと言うなよ。ファンが聞いたらがっかりする』とぼくはいさめた。でも、その後に、尾崎はこう付け足したのだ。『世界はこんな風に広いんだから、でも、自分は世界一のラーメン屋になる自信がある』この言葉は忘れられない」と当時の会話を明かした。

その時、辻は「いいじゃん」と同意したが、尾崎さんはラーメン屋を始めることなくこの世を去った。尾崎さんとはこの日以来、会っていなかったという辻は、訃報に触れた際、この屋上でのことを思い出したという。「屋上の囲い壁の内側に世界中の旅人がずらっと名前を残していた。真っ黒になるくらいの落書きで、あれがストリートペインティングの走りじゃないか、と思うほど、芸術的でもあった。そこでぼくらはいたずら心と若さのせいで、尾崎豊、辻仁成、と小さくペンで落書きしたのだ。(ごめんなさい)さすがにあれから30年が過ぎたので、もう残ってないとは思うけど、あいつの白い歯をむき出しながら無邪気に笑ったその時の横顔が忘れられない。葬儀にぼくは参列をした。『この野郎、世界一のラーメン屋はどうすんだよ』と思いながら、ぼくは手をあわせた」と述懐し、「ぼくはまだ生きている。母さんがぼくに言った『ひとなり、*まで生きなさい』という言葉に従って」とつづった。





7

クッキーを焼いてくれ


88

>>7
へいっおいらの愛しい人よ


35

>>18
インディーズバンドにちょろっと関わったが
やつらの嫉妬はものすごいから…
嫌な世界だった


26

>>11
ミスチルに多大な影響


20

辻仁成、文章書くのうまいな


28

>>20
実は小説書いたりしてるんだぜ

あの辻仁成が60かよ


32

>>20
ナルシズムの塊な


58

>>37
むしろ辻やユカイが「尾崎枠」で括られる状況になってたかも。


73

>>37
そんな器用な人じゃない


48

ただ小説は過小評価だよな。
かなり面白い


62

>>48
確かに辻の小説は面白いよなあ
小説の内容と辻本人の印象との乖離が大きい


93

尾崎が生きていたらバラエティー番組とかでハマダに叩かれたり、出川と電動バイクで旅したりしていたのだろうか。


97

>>93
ユタカ様とか言われて今のヨシキとかガクトみたいなポジションになってそう。